みなさんこんにちは、ダメリーマンのアベです。


みなさんは沖縄県にある旧海軍司令部壕という場所をご存知でしょうか?



旧海軍司令部壕というのは、沖縄戦において大日本帝国軍が司令部として使用していた防空壕です。



戦後、当時の防空壕周辺が公園として整備され、当時使用していた防空壕もほぼそのままの状態を見学することができます。


参観料は大人450円、子供が230円となっております。



防空壕だけでなく、戦時中の写真とその状況の説明も込みで沢山展示されています。

 
かなり生々しい戦時中の状況がそこにあります。


中でも少女の足が蛆虫に埋め尽くされている写真が印象的でした、当時の戦時中の悲惨さがこれでもかというほど濃縮された展示となってます。



戦時中に使われていた武器や生活用品等も展示されています。



大田中将の沖縄県民の奮闘を綴った電報は必ず読んでいただきたいと思いました、旧海軍司令部壕に足を運んだときは是非とも読んでください。


それでは次は防空壕内を写真付で見ていこうと思います。




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こちらが防空壕内の見取り図です。


かなり広い防空壕ですが、なんとツルハシ等の人力で掘り進めて行ったらしいです...



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防空壕入口です、進んでいきます。



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信号室です。当時作戦の決定等を行っていたようです。




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下の写真は壁が穴だらけになっている写真なんですが、この穴の正体は手榴弾で自決した跡だそうです。

当時の兵士の気持ちを想うと悲しくなります。


それと同時に手榴弾ってこんなに破片が爆散するんだなぁ...と思いました。


爆散した破片で殺す兵器なのかな?


人間って本当に色々なこと考えるなぁと思いました、いい意味でも悪い意味でも...



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司令官室です。ここで将校達が作戦会議したりしていたのでしょう、当時はどれだけの悲壮感や怒号が飛び交っていたのか想像すらできませんね...



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最後はこちら、下士官室の様子です。


写真では見にくいかもしれませんが、この部屋では兵士達が密集していたようで、スペースがないので皆立ったまま寝ていたと書いてありました。



最後の避難場所として兵士も民間人も沢山この防空壕に収容されていたそうで、まともなスペースも無かったのでしょう...


こんな状況じゃまともな思考なんてできるわけないよなぁ...


思考力も低下していて体力も底を付きかけた状態で満足な装備もなく特攻して行った兵士達は本当にかわいそうだ...


当時防空壕から竹槍を持って突撃していったみたいですからね、当時はどうしようもなかったとは言え本当に作戦出してる人頭おかしい...


そんな日本軍を米兵は防空壕の外から火炎放射器や銃で待ち構えていたそうです、虐殺じゃないか...


竹槍なんか持たせても相手倒せるわけないのに本当に当時はすべてが異常だったんでしょうね...


自分の命より相手を殺せという教えだったみたいですからね(^o^)...





以上が僕が実際に足を運んで旧海軍司令部を見学した写真付きの感想でした。


他にも写真に載せていない場所が沢山あるので沖縄に行った際は是非とも現地に赴いて見学していってください。



戦争の悲惨さがこれでもかというほど分かります。


今の平和に感謝すること間違いなしです。



先人達が築いた今の平和を大事にしたいと切に思いました。



それでは、また。













       
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